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よいお年を♪

2009.12.30 Wed  20:40 テーマ: - ジャンル:写真
    Image304.jpg    Image308.jpg
                      表参道 '09,12,23

今年は、思いがけず たくさんの方と出会えて、幸せな一年でした。
本当に ありがとうございました。

来年は、穏やかな日々でありますように…。

良いお年を お迎え下さい♪
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あれから・・・

2009.12.26 Sat  22:04 テーマ: - ジャンル:音楽
あの日から、今日でちょうど半年が過ぎました。
アメリカ西海岸時間では 6月25日ですが、日本では26日の朝でした。

あの後 初めてTVで マイケルのリハーサル映像を見た時、
思わず、「あぁ 痩せている…」 と呟きました。
Dangerous や HIStory の頃の、ダンサーの身体つきではありません。
でも映画の中でマイケルは、本当に楽しそうに きらきらと輝いていました。
だからこそ、悲しくて、悔しい。
せめて 1回だけでも、ロンドンのステージに立ってほしかった…。
    「This Is It」 vtr clip - The Way You Make Me Feel
           (ねっ! 素敵でしょ!?)

そしてアルバムを出して、新曲をリリースして、映画も撮って、
こども達とステージデビューもはたして…。
彼の壮大なプランの結末を 見たかったです。
 
大天使ミカエルの名を借りて、この世に降り立ったマイケルは、
私たちに たくさんのプレゼントを残してくれました。
せめて その贈りものを大切にしたい、と思っています。

改めて、ありがとう。
安らかに 眠って下さい。

 『 あなたに会えて、本当によかった。
     嬉しくて、嬉しくて、言葉にできない・・・・・』
                  (「言葉にできない」オフコース )

The Lost Children

2009.12.24 Thu  10:23 テーマ: - ジャンル:音楽
01年10月にリリースされたアルバム 『Invincible』 に
素敵な曲があります。   珍しい 6/8のリズムです。
マイケルのクリスマスメッセージが添えてある URLを貼りました。
 MICHAEL JACKSON's Christmas-The Lost Children-Michael's Message
    (右側にある “詳細”のところから、
     日本語訳の付いたニコニコ動画に飛べますよ!)

このThe Lost Childrenは、どう訳せばいいのでしょう。
  「居場所をなくしたこども達」、
     「行くべき道に迷ったこども達」
              「思い惑うこども達」・・・・・
追記に lyricsを添えました。
韻の美しい詩です。

Private Home Moviesで マイケルが、まだ小さかったプリンスとパリスと
パズルのお片付けをしながら一緒に歌っているのが、この曲です。 
でもちょっとリズムがずれちゃう。  パパは snapping fingers で…。
     Private Home Movies

VTRの後半で マイケルパパは、こども達に この曲をもう一度トライさせます。
でもね、これ やっぱりちょっと難しい。
ふたりは、Daddyのテーマ
 (「You are my Sunshine」 の替え歌です! 勝手に名付けました!)
を元気に歌って、パパに駆け寄ってキッス!!!
本当に良きパパだったのですね。

プリンスも パリスも ブランケットも大きくなりましたね。
追悼式でのパリスの言葉には、涙をさそわれてしまって・・・。
今年は 初めてのパパのいないクリスマス・・・・・。
どうしているのでしょう。
なんとなく この曲とリンクしてしまって、涙腺が危うくなります。
3人のこども達には、健やかに育っていって欲しいと祈っています。
続きを読む...

Hold My Hand

2009.12.23 Wed  22:56 テーマ: - ジャンル:音楽
裁判の後、マイケルは もの凄い勢いで音楽活動を再開しています。
本当は 07年にニューアルバムを出す予定だったようです。
Ne-Yo や Akon 等 たくさんのアーティストとコラボをして
実際に 音源も残っているはず・・・。

この曲は、08年の Akon のアルバム 「 Freedom 」 に収録される予定でしたが、
インターネットにリークされて かないませんでした。
一度 YouTube の映像も削除されましたが、今また、アップされています。

マイケルは、ロンドン公演の後、
年末に この曲をニューシングルとしてリリースする予定だった とされています。
Akon とのコラボの、美しいラブソングです。
   『 ひとりでいるより ふたりで一緒にいる方が ずっといいに決まってる
     暗くて寒い夜は、ふたりで朝まで抱き合っていよう    
     君のためなら何でもすると約束するよ。 僕らを邪魔するものは何もない。
     だから僕の手を握っていて・・・。 』 
「 Cause I can make it alright till the morning. 」 あたりが核心でしょうか。  
    「 Hold My Hand 」      Lyrics は、追記に置いておきます。
           

これは、Akon の マイケルへのトリビュート曲。  ( 日本語訳がついています。 )
Akon の熱い気持ちが、痛いほど伝わってきます。
    「 Cry Out Of Joy 」
    
  『 生きている限り あなたに感謝したい・・・・・ 』
続きを読む...

THIS IS IT  再び…

2009.12.19 Sat  07:24 テーマ: - ジャンル:音楽
マイケルが、マイケルであるが故に渦巻く 光と影。
彼を追い続けた ここ1ヵ月半、
このコントラストの激しさに、目眩がしそうでした。

だけど映画の中のマイケルは、そんなことを微塵も感じさせません。
ツアーの演出に 夢中になっているマイケル、
成功させるために 努力を惜しまない彼の姿を見て、
今までも、いえ もう最初から、
ずっと こうしてきた人なのだと 思い知らされました。

  『マイケル・ジャクソンと 一緒に仕事をしたことのある人は、
   決して 彼のことを悪く言わない。
   それどころか、彼の一番の崇拝者になってしまう。
   マイケル・ジャクソンとは、そうした底知れない魅力のある、
   素晴らしい才能の持ったアーティストなのだ・・・。』


もう何年も前に、どこかで読んだ記事です。 (正確ではないですけど)
忘れていなくて、そして信じていて 良かった。

今日から 『THIS IS IT』 が 再演されます。
来年の1月には、DVD(←New Trailerです!)の発売も決まっていますが、
 (予約しました! 本当は ブルーレイが欲しかった…)
等身大のマイケルを 見に行きませんか?

   THIS IS IT/FILM CLIP They don't care of about us
マイケルと若いダンサーとのリハーサル風景です。
監督のオルテガ氏は、マイケルに憧れてダンスを始めた若い人達が、
ステージで 彼と一緒に踊るのを見るのが好きだった、と言っています。
映画は、そのダンサー達へのインタビューから 始まります…。

Lupus

2009.12.18 Fri  19:47 テーマ: - ジャンル:音楽
  (14日からの続きです。)

  ・・・・・・・もうひとつの病は、
Lupus (紅斑性狼瘡)という自己免疫疾患です。
この紅斑性狼瘡には、主に全身型と 皮膚限局型があります。
両頬に 蝶々の羽の形をした赤斑が現れるのが 特徴です。
症状は、Thriller の頃から。
よく見れば マイケルの頬が少し赤いかな と思います。
映像でははっきりわからないかも知れませんが…。
    The Making Of THRILLER
    Making of Thriller pt.5

日光に当たると 症状が悪化してしまうため、
この病気もまた、紫外線を極力 避けなければなりませんでした。
大きな黒い傘や、サングラス、ハットなども、必需品だったわけです。

いろいろなところで マイケルは、全身性エリテマトーデス
 (Systemic Lupus Erythematosus : SLE)
だったとされています。
マイケルのこの病気を知った時、本当にショックでした。
膠原病の中の 難病です。
Lupus 患者の約5%が この SLE に進むといわれ、10:1の割合で 女性に多い疾病です。
自己免疫疾患であるため、完治はありません。  対処療法のみです。
全身が常に痛み、内臓にも炎症を起こします。
だから私は 皮膚限局型だったと思いたい。
希望的な私見です。

全身性の場合、症状は個人によって様々ですが、
発熱や倦怠感、関節痛、うつ症状、多臓器合併症などを伴い、
とても繊細な身体管理が、必須です。
慢性疾患であるため、生涯にわたって加療が必要ですが、
対処療法としての治療法は ほぼ確立され、
主に ステロイド剤と免疫抑制剤による諸症状のコントロールによって
通常の生活に 支障はほとんどありません。

ただし 生涯にわたってステロイド剤を必要とするため、
時として 深刻な副作用を伴います。
この病では ステロイド剤からの離脱が考えられず、
痛みや炎症を抑えるために 常にバランスを考える必要があります。

ですから マイケルのように 常に激しく踊れるよう身体をコントロールするのは、
非常に難しかったのではないか と考えるからです。
彼は、ワールドツアーだけでも これだけの公演を行っています。

♪BAD Tour 
    87年9月12日~89年1月27日  15ヶ国 123公演
♪Dangerous Tour  
    92年6月27日~93年11月11   69公演
♪HIStory Tour  
    96年9月7日~97年10月15日  35ヶ国58都市 82公演

この間に、様々な Award への出演、レコーディング、SFの撮影・・・・・。

でももし本当に SLE だったとしたら・・・・・。
若くて 体力もあったでしょうが、
かなりの痛みをおして、あるいは絶不調の時でも 無理をして、
パフォーマーとしての仕事を こなさなければいけないことが、
多かったのではないでしょうか。
そんな病気を抱えていたようには見えないし、
とても信じられないのですが、
薬によるコントロールが 欠かせなかったとしたら、
そしてそれが いつもうまくいっていたとは限らなかったとしたら、
よく言われる 鎮痛剤依存も、
この病気の影響が大きかったと考えています。

鎮痛剤による依存症については、
マイケル自身が 告白しています。
「火傷を受けた頭皮の再建手術後に 鎮痛剤が手放せなくなり、
 その治療のために、ツアー後(Dangerous)、イギリスで入院しました。」
火傷や Vitiligo については、時々インタビューに答えていますが、
SEL につては、あまり言及されていない気がするのです…。

人生の半分は、痛みとの闘い…。
眠れない夜、効かない薬、重ねて投与された劇薬・・・・・。
『THIS IS IT』 のリハーサル中、彼に何が起こっていたのか、
そもそも 50回公演は、本当に可能な状態だったの?
胸元を締め付けられるような思いに とらわれています・・・。

 (全身性エリテマトーデスについては、
  勇気凛々さんのブログ を参考にさせて頂きました。)
続きを読む...

マイケル、愛と哀しみの・・・・・

2009.12.17 Thu  18:25 テーマ: - ジャンル:音楽
昨日の日テレの番組をご覧になりましたか。
主に マイケルの裁判についての内容だったようですね…。

私は、見ませんでした。
今更何を、って 虚しくて、悲しくて。
タイトル書くのも嫌でしたけど。
でも おおむね好評のようですね。
今まで誤解していた人たちの理解が得られたら、嬉しいです。
娘には、見せておけばよかったかな…。
もう一度 しっかりレクチャーしておきます。

THIS IS MICHAEL Ⅲ -尋常性白斑-

2009.12.14 Mon  21:51 テーマ: - ジャンル:音楽
 (12日からの続きです。)

 ・・・・・そして、何より驚いたのが、
マイケルが 2つの自己免疫疾患を患っていた、ということです。
両方とも 84年には、正式に診断されていたようです。
恥ずかしなが、私は初めて知りました。
肌が白くなったり、濃いメイクが 病気のせいだったとは…。


そのひとつは、尋常性白斑 Vitiligoといいます。

   マイケル・ジャクソンと尋常性白斑
つらい YouTube の映像ですが、これで よく説明されています。 
93年2月、この The Oprah Winfrey Show のインタビューで
初めて 公にしました。
症状は 1980年前後から あらわれ始めたと答えています。
尋常性白斑は、痛みもかゆみもありません。
メラニン色素が破壊されることにより、肌の色が抜けていってしまいます。
色白になるというより、ピンク色に透けてしまうのです。

マイケルの場合も、最初は神経に沿って、
やがて全身に広がっていく様子が 様々な写真でわかります。
紫外線から身体を守るためと、肌の色の状態を均一にするために
UVコントロールや ファンデーションが必要になります。
私たちも 小さなシミを隠すのにとても苦労しますよね。
この病気では まだらに色が抜けてしまうため、
80年代は、残っていた褐色の肌にトーンを合わせて、
90年代は、白斑が広範囲に及んだため、
白いファンデーションを使わざるを得なかった。
ファンデーションを使えば、それに合わせてメイクもしなくてはならなった…、
ということだったのです。


まだまだ差別や偏見の多かった
70~80年代のアメリカのショウビズの世界で、
幼い頃から何度も “黒人初”を打ちたてて 成功を重ねてきたMJにとって、
この病気は、どれほど彼を苦しめ 精神的負担を強いたことか・・・・・・。
黒人としてのプライド、アイデンティティーにかかわる問題だからです。
ですが 白斑をくい止めるすべは無く、
自分では どうすることもできなかったと 無念さがひしひしと伝わってきます。

   Black or White - Panther Version (字幕) 91年10月

   ..:. :.。 *:: :. ☆*:. 。:.☆ 。*:☆:.。.:.. * :. :...

私の友達には、「マイケル大好き!」 という人もいれば、
「ん~、ちょっと…」 という人もいます。
彼女達の多くは、マイケルの容姿の変化が受け入れ難いらしいのですね。
私も まさかと思いながら、不思議でしかたなかったことです。
彼が亡くなってから 真実を知ることになろうとは・・・・・。
なぜ もっと前に ちゃんとわからなかったのか・・・・・。
自分への反省も込めて、理解を広められたらと思います。

尋常性白斑は、日本にも患者さんがいらっしゃいます。
病気について、正確を記したつもりですが、
間違いがありましたら、お知らせください。

THIS IS MICHAEL JACKSON Ⅱ

2009.12.13 Sun  14:46 テーマ: - ジャンル:音楽
REEJ87 さんのサイトで、
マイケルの功績がよくわかる番組がアップされているのを見つけました。
JACKSON5 時代から、『Off The Wall 』、『Thriller 』、『Bad 』・・・・・
マイケルの音楽性の高さ 豊かさに、深くリスペクトして作られた作品です。
日本語字幕があります。  全部で 40分ほどです。 

Number Ones.ONLY ONE part 1 ・ part 2 ・ part 3
                     part 4 ・ part 5 ・ part 6
 
ご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、私は初めてです。
「そうなのよ、本当にその通りだった」 と頷きながら これを見ました。
マイケルの奥深さを理解する 手がかりになると思います。

THIS IS MICHAEL JACKSON Ⅰ

2009.12.12 Sat  10:20 テーマ: - ジャンル:音楽
この数週間、夜な夜なPCの前に陣取って、
ひたすら Michael Jackson を追いかけていました。
長男の 「いい加減にしてくれよ… 」という叱咤激励(?)に答えるため、
 (彼のPCですから・・・・・)
この記事も もう何日もかかって書いています。

MJについて、浴びるように 沢山の記述や 映像を見ました。
Web上には、「そう! これが 見たかった!!!」 から
「あぁ、見なければよかった… 」まで、マイケルの情報が溢れています。

出発は、ここからでした。 マイケル・ジャクソン Wikipedia

誕生日は 58年8月29日。
69年10月 JACKSON 5 のリードボーカルとして11歳でメジャーデビュー、
たて続けに4曲が全米チャート1位に入り、
  (可憐なボーイソプラノが素敵!  後日ご紹介できたら と思います)
71年10月 13歳の時 「Got To Be There」でソロデビュー。
79年 5枚目のソロアルバム 「Off The Wall」で、Quincy Jones 氏を
プロデューサーに迎え、自らもアルバム制作に積極的に関わり、
初めて作詞作曲した 「Don't Stop 'Til You Get Enough」 が、
10月に全米1位。
80年には、この曲で グラミー賞最優秀男性R&Bヴォーカル賞受賞。
そして82年12月、あの脅威的なアルバム 「Thriller」 がリリースされ、
KING OF POP の名を欲しいままにスターダムを駆け上っていく・・・・・。
ちょうどこの頃私は マイケル・ジャクソンというアーティストを知りました。

今でこそPVは、工夫を凝らされ 見ごたえのある作品も多くありますが、
80年代において マイケルのPVのクオリティの高さは、圧倒的でした。
どれもストーリー性があって、まさにショートフィルムと呼ぶのに
ふさわしい作品ばかりです。
時々紹介される Making にも、興奮しました。
信じられないでしょうが、
黒人の音楽を放映することを良しとしなかった MTV のあり方を変えたのが、
マイケルなのです。
先に発表された 「Billie Jean 」 と 「Beat It 」も もちろん衝撃的でしたが、
なんと言ってもこの作品が、凄かった!

    THRILLER 83年

その後の更なる躍進は、私がここで紹介するまでもありませんね。

    93年グラミー賞授賞式 と スピーチ が素敵です。
    クリックしてご覧になって下さい。

   ..:. :.。 *:: :. ☆*:. 。:.☆ 。*:☆:.。.:.. * :. :...

マイケルのことで 私が印象に残っていたのは、火傷の事故です。
84年、ペプシのCM撮影時に受けた頭部の火傷です。
TAKE 6 での、たいへん不幸な出来事でした。
当時 あの怪我の後、わりと早く復帰できたと思っていたので、
   (「よかった! 大丈夫だったんだ!」と思ったのを覚えています。)
実は 治療に何年もかかり、
後遺症のため 痛み止めが手放せなくなったと知り、ショックでした。
もしもあの事故がなったら・・・、
彼の人生は もっとずっと楽だったろうにと 本当に残念に思います。

他にも もっと驚いたことがあります。
究極に自分の美しさを追い求めた結果だと 勝手に思い込んでいたことが、
全くの間違いだったとは、
本当に情け無いのですが 知りませんでした・・・・・・・。

ジョン・レノン

2009.12.08 Tue  21:15 テーマ: - ジャンル:音楽
今から29年前の今日、ジョン・レノンが 凶弾に倒れ 帰らぬ人となりました。

今年の6月25日に起こったことと同じように、

世界中が驚き、嘆き 悲しみ、彼を惜しみ、そして祈りました。


逝ってはいけない人が、志半ばで逝ってしまう・・・・・。

この喪失感を 何で埋めればいいのでしょう・・・。

       John Lennon - IMAGINE


       THIS IS IT Clip - Human Nature

THIS IS IT  その4

2009.12.07 Mon  21:50 テーマ: - ジャンル:音楽
今朝 突然ラジオから あの 『Will You Be There』 が流れてきて、
涙がこぼれてしまいました。
会社に行く前だったから かなり焦って…。
あぶない あぶない…。
不意打ちには気をつけなくちゃ!


マイケルのプロフィールを調べていて、
なんだか知らないことが多いなぁ、と思いました。

言い訳がましく 書けば、
私の出産、子育て時代 数年間のミュージックシーンが、
ごっそり そっくり抜け落ちているのです。
びっくりするくらい 知らないことが多い。
なにもマイケルに限ったことではありません。
邦楽も、聞いていなかったみたいに わからない…。
リカバーするのが 大変です。

マイケルがメディアで取り沙汰される度に、
どんなに、プライベートが破綻している と騒がれても、
まぁ 彼なら仕方ないかと わりとスルーしていました。  
作品の価値は 変わらないし、
やはりアーティストとしては、素晴らしいと思いましたから。

それでもマイケルが訴えられた2度の大きな裁判の影響は、
計り知れません。

93年の裁判は 私は、きちんとは知りませんでした。
これは 完全にはめられた、ゆすりたかりの類の事件なのですね。
ただ、長引く裁判を避けようと この件を示談にしてしまったために、
根拠の無い中傷が 絶えませんでした。

03年に逮捕された時は、覚えています。
ただただ 驚きました。
でも児童虐待は、マイケルの美学というか、
行動様式にそぐわない感じがして、
05年6月にようやく 全ての件で無罪となった時、
やっぱりそうかと ほっとしました。
これも、03年の2月に放送されたひどいインタビュー番組から
ねじ曲げられた、不愉快な事件だったと 知りました。

MOONWALKERさんのサイトの、
マイケルへのインタビュー記事を読むとよくわかります。

彼は、生涯で 1,500件以上もの訴訟を起こされているそうです。
有名税と言うには、あまりにも過酷な状況ではなかったでしょうか。

何をしても、正当に評価されない、
   (彼ほど チャリティーに力を注いだ人は いないのに・・・)
ささいなことでも 大きなゴシップにされ、
ネバーランドのことも、離婚も、裁判も、借金も
何が本当のことで、どれが嘘なのか・・・・・・・。
メディアに映し出される マイケルは、本当に気の毒でした。

マイケルは、こんな曲を残しています。  Childhood

    ..:. :.。 *:: :. ☆*:. 。:.☆ 。*:☆:.。.:.. * :. :...

THIS IS IT』 のマイケルは、
付いてまわった暗いイメージを 全て払拭する勢いがありました。
煩わしい裁判から開放され、「最後のカーテンコール」 に向けて
精力的に頑張っていたマイケル!!!
その後の彼もまた 見てみたかったと 痛切に思います。
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